Flower & Essence 

 


花の芳しい香りは命のessence。 花に教わったこと。見たもの聞いたこと。花の便りをご紹介します。


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2003.6.21


 わが家の生垣を覆い尽くして その芳香を放っていた見事なラベンダーが ついに枯れた。かすかな希望を抱いていたが、先日 根を掘り起こした。きびしい冬にはとても耐えられなかったようだ。

 

 山々は日に日に 緑の色を深めていく。鉢に植えられ 大切に育てられた植物とはまるで違った強い命の力を感じる。誰が水や肥料をやるわけでもない。

なのに その姿は生き生きとしている。

 

 考えてみればそれは当然のこと とも言える。

彼らは 許されたありとあらゆる方法で そこらじゅうに種を放ち 再生の機会を狙う。そして、適した環境にあったものだけが繁茂し そうでないものは死滅する。 きびしい自然淘汰の洗礼を受けているのだ。  だからこそ 彼らは たくましく また美しい。定めには誰もあらがえない。

 ラベンダーのあった植え込みは今も ぽっかり大きな穴があいたままになっている。去年の夏  あれほど生い茂っていたのは 最後の力を振り絞ったからだったのか。 

 いずれ何かが代わってくれるにしても、その穴を埋めるには まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

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July


◆◆◆◆◆花だより◆◆◆◆◆

くちなし

アカネ科 gardenia jasminoides

街路樹の植え込みから強い芳香が漂い、今を盛りに純白の花が咲き誇っています。

原産はアジア東部。18世紀中ごろ中国から「絹の道」を通り、

たちまちヨーロッパ中に広がりました。

くちなしの香りを嗅ぐと、私はなぜか隠匿の罪悪感を感じてしまうのです。

理由はわかりませんが、芳しい美の象徴・・・ あるいは魅惑の媚薬・・・ 

そんなことまで連想してしまうのです。

あまりの強さにこの香りを嫌う人もありますが、果たして単なる生理的理由なのでしょうか。

果実は黄橙色に熟し、古くから布や食品の黄色の着色染料として使われてきました。

この果実にはどこにも裂け目がありません。

くちなしの名はここから生れた・・・と伝えられています。

花言葉は 「私は幸せ者」

指の間から こぼれて消えないようにと 願ってくれているのでしょうか。

 

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2003.10.14


 本気で高校教師になろうとした時期がありました。

絵の具とタバコの匂いのする美術室のアトリエにいつもいて、生徒たちが用もないのに訪れてくれる ふうてんの先生にあこがれたのです。。

きっかけは、中学の国語の先生から勧められたからでした。

 

 二年生の春、その先生はやってきました。

ふくよかな体つきにジャージ姿は実に滑稽で、よく笑いよく怒る人でした。

肝っ玉母さんみたいに みんなから慕われていました。でも、怒ると本当に恐かった。 生徒の見分けができるようになった頃から その叱り方は尋常ではなくなりました。的を得ているので首根っこを抑えられた猫みたいに、どんな不良も歯がたちません。

 

ずっと後になって知らされたことですが、そのときすでに先生の体は癌におかされ、どうにも仕様のない状態だったのだそうです。そういえば痛みをこらえるようにうずくまっている姿をよく見かけました。

何も知らない僕たちは、校舎の階段を本当に辛そうに上がっていく横を駆け上がって

「先生 もーちょっとやせなー!」

とよくからかったものです。

 

 二学期が終りかけた頃、授業の途中に突然一人一人の名前をよび、思うことをそれぞれに話し始めたのです。

「あんたは体は小さいけど、根性がある。自分を信じて言いたいことをどんどん言える大人になりなさい。」

「あなたはもっと本を読みなさい。頭が良くたって心が貧しかったら何の役にも立たないのよ?」

まるで今日でお別れするみたいな物言いに

「急にそんな遠い先の話しして 先生おかしいわー。 」

ざわついた教室に                「黙って聞きなさーい

 

真に迫る大声が響いたのです。唇を震わせながら全身全霊からほとばしる、願いをこめたその迫力に全員が押し戻されました。

そのときのことを思うと …… 今でも涙があふれそうになります。

そして あたくしには

「先生になりなさい。先生になって勉強なんて教えなくていい、

生きるということを教えなさい。        あんたは絶対先生になりなさい。」

クラス全員の名前を呼んで授業は終りました。

 

それ以降 先生は休みがちになり、とうとう来なくなったのです。

やっと 担任の先生から病気のことを告げられました。先生はもう帰ってこない……と。

先生が亡くなったのは、それからまもなくのことでした。あれが最期の 最後にふるった教鞭だったのです。

あの薬がいいとか、あの医者に見てもらえとか、挙句にこの宗教に入りなさいとか……。いろいろ勧められたに違いありません。藁にもすがる思いで、すべてを投げ打って闘病生活を送るのが世間の習いでしょう。

もしかしたら、それで死なずにすんだかもしれませんし、少し長生きできたかもしれません。

けれど、死なない為に生きるのではなく、短くとも、生きるために生きる そんな余命の燃やし方を先生は選んだのかもしれません。

 もし、あなたの家族がそんな定めを背負ったとしたら、そしてそんな生き方を選んだとしたら……どうします?

 

季節はずれの真っ赤な カンナの花を見るたびに あの先生を思い出します。これまでの人生で悔いがあるとすれば 教師にならなかったことでしょうか。

 

 

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2004.05.08


 今年の春は いつもと違う。
街々でふと漂ってくる花の香りにとても敏感になっている。

 花に囲まれてそれを生業(なりわい)にしていた長い年月
日本にはない珍しい品種 なかなかお目にかかれない花たちに あれだけ毎日 出会っていれば 野に咲く花の価値も半減していたことを実感する。
これまでも 花を大切にしてきたけれど そしてその心を大切にはぐくんできたつもりでいたけれど どうあらがっても 商品という認識からでていなかったのかもしれない。

 今まではありえなかったけれど 花屋さんで買ってきた花を 家の花瓶に活け ベランダの鉢に植え込んでいる。 自分たちのためだけに。

そこにはびこる雑草や苔さえもむやみに抜いたりしない。ちゃんと水をやって育てている。おかげで 直径50cmのサンドプランター三つは 苔と雑草に占領されてしまった。

 当たり前にあるはずのない穏やかで平凡な毎日には この上ない幸福が満ちている。

 今 デザインコンテストに出たら 予選落ちは まず間違いない 。。と

過去のプライドが かすみかけたきらめきの中で苦笑する。

 

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2004.09.28


 

「ご注文を繰り返します。○○○と○○○ でよろしかったでしょうか ?」

 「…  ?」

巷ではこんな言い回しが氾濫している。これは大阪だけ ?

「失礼します。あいてるお皿 おさげしてもよろしかったでしょうか ?」

 まさに 過去完了形である。一刻も早くこの場から立ち去らなければならない… そんな焦りを感じる。

まさか 本当にそんな意図を含んで使われているのか ?   いやぁ それはいくらなんでも考えすぎ。

「どうぞ ごゆっくり」

版で押したような言葉にかすかな安堵さえおぼえる。

 窓の向こうは透き通るような陽だまり。 

駅前に新しくできた広いバスターミナルに人々が行きかう。

手元のコーヒーカップにまで陽が伸びでティースプーンが光っている。食器の音、にぎわう店の話し声も心地よく聞こえる。

 ふいに となりで食事を済ませた初老のご婦人が、ひとり不快感をあらわに店を出て行った。彼女が座っていた椅子には 黒い煙のような苛立ちがよどみ漂っている。

何があったかは知らないが、アルバイトのウェイトレスもまったく理解できなかったようだ。

 ビートルズを嫌悪したおとな達のように スタンダードジャズがモダンに変化したとき 不機嫌になった中年達のように 私たちは知らぬ間に新しいものを受け入れる適応力を失っているのだろうか。

 

店内は何事もなかったかのように にぎわっている。

「お待たせしました。」

サラリーマン風の若者は明らかに疲れていたが、「ありがとう。」

料理を運んできたウェイトレスの目を見てそう言った。

   

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2005.02.16


明日の朝目覚めたとき、妻は冷たくなっているかもしれない…。  そんな不安を抱きつつ、どこかでこの悲しい現実を忘れ逃れようとする毎日が一年続いてやっと、あのときを振り返りあかせる気持ちになった。

 

 一昨年11月の手術直後、医師から告げられたときのこと。冷たいシルバートレイの中にあったのは切除した卵巣と大腸の一部を取り巻く癌細胞。ゴム手袋は鮮血にまみれていた。「奥さんは末期癌です。手がつけられない状態でした。長くて半年でしょう。」 そういいながら、医師は、はさみでその憎き新生物を切り刻んで見せた。全腹部の臓器の外壁にまるで種をまくように小さな癌細胞が散らばっているそうだ。増殖するしか能のない細胞がそれらに取って代わりやがて機能不全を起こす。 これが癌患者の死因だ。

 乳癌からの転移で腹膜播種になるのは数万人に一人という希少なケースだと聞いた。臨床データがあまりにないために治療方法も確立されていない。あきらめてくれと言うことだ。

 常に生活の中心にあった仕事をやめる決断は、あの言葉によって容易に促された。残りのわずかな時間を、これまで作ってやれなかった穏やかで緩やかなものにしてやりたい。そう願った。

 術後10日間の絶飲食が見る見る彼女の体力を奪っていく。頬はこけ歩くことすらままならない。そして涙もろい。「死にたくない…。」 私には返す言葉は見当たらない。 あの宣告をはぐらかし、ひた隠し、これからどうやって過ごすかだけを語った。

 退院後も、時折体の不調を訴えてはいたが、副作用とその疑わしい効力を考えて、本人は抗がん剤治療を頑強に断った。 最後の最後まで元気でいてほしい。私自身もそう思い、あちこち旅行にも行った。最後のときを迎える準備も進めた。どんな葬儀をし、どこに葬ってほしいのか…。

 

 ところが期限とされた半年を過ぎた頃から徐々に状況が変わってきた。生きる力が甦ってきたのだ。きっかけははっきりしているがここでは語れない。あまりに神がかっているからだ。

 とっくにあの世の人でもおかしくないはずのぴんぴんしている妻を見て、医師も首を傾げつつ驚いている。先月の検査では肺や脳、骨にも転移はなく、進行がまったく見られなかった。これは奇跡としか言いようがない。ただ、余命半年はいつまでたっても変わらない。明日の朝この世の人ではないかもしれない。 それでも 僕らはともに生きている。 たしかに、この一年は長かったし辛くもあった。 しかし、学んだことも多々ある。

 

 見送ることだけを考えてきたこれまで。今日からは、その後も含めてどう生きるか。それをゆっくり時間をかけて考えていこうと思っている。

   

 

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2005.10.16


もっとはやくに 来るべきだった。我が家のルーツは 岡山ののどかな田園風景の中にある。 久方ぶりの墓参は不義理の証。 お詫びしながら丁寧に草を刈り、感謝の心を込めて石を洗い花を供えて掌をあわせ 近況を報告した。

 

 その直前の道中 一匹の小さな蛇に出逢った。 今まさに 蛙を捕らえる瞬間だった。 断末魔の叫びを上げる蛙をじわじわと飲み込んでいる。 「助けてあげよう」。 身を乗り出した娘を制したのは間違いではなかった。蛇も命をかけて生きている。 

ところで その光景が、何かの暗示に思えて仕方がない。 陰陽道では蛇は吉、蛙は凶の象徴とされているらしいが、何が蛙で 何が蛇なのかはわからない。 墓参りと関わりがあるのかもどうかもわからない。

ただ 「定め」が文字通り 定められているとするならば、あれが次の扉が開く合図なのではないか。 

人生には遠回りも近道もない。 そのときそのとき 何かに突き動かされて生き 生かされている。 われわれにできるのは、実は選ぶことではなく 今立たされているその道中で どう活きるか。 それくらいのことしかできないのではないか、 いや 言い換えれば、そんな力を 誰もが持っている。 そう思えて仕方ない。

 

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November


◆◆◆◆◆花だより◆◆◆◆◆

コスモス Cosmos Cav.

メキシコを中心とした熱帯アメリカと西インド諸島が原産。明治20年頃渡来し、当時はオオハルシャギク・アキザクラと呼ばれていたそうです。

やがて学名のコスモスが一般的となって、「秋桜」と書いてコスモスと読むようになったのでしょう。正しくは「秋桜」はあくまでアキザクラ。

繁殖力が強い為、野山に自生するものもあります。庭先や畑で、今を盛りに咲き誇っています。秋のノスタルジックな風景と民族性によって、流行歌にうたわれるほど秋を代表する花になりました。

 

ショップに並ぶのはほとんどがピコティーといわれる混色の品種。他に濃いピンク単色のベルサイユ、花びらが袋状になったシーシェル、また、かわったところで黄花コスモス、チョコレートコスモスなどがあります。

「小春日和のうららかな日・・・」

庭先に揺れているその姿は過ぎ行くものに、あと少しとどまってほしいと願う無言の囁きに似ています。

 

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2006.01.01


 年が明けてしまいました。 いつだって どおってことはない ただの一日の変わり目なのに、今年は格別なのです。 娘の結婚、引越し、そして妻の病気…。いろいろありました。 幸せなことに家族みなが無事 生き残っています。 なじみのない土地で 凍てついた雪をざくざく踏みしめて初詣を済ませ かえってきたところです。本当におかげさまです。すこし酔っているので 誤字脱字はご勘弁を。

 何事もないことは何もない のではなくて 奇跡のような出来事なのです。

つい 軌跡をふりかえって 「おれは ちゃんと おやじを 果たすことができたろうか」 「」「おれは 父を 夫を なまけていなかったろうか」 自問自答する 新年の一日なのであります。

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February


◆◆◆◆◆花だより◆◆◆◆◆

木蓮

モクレン科 Magnolia Liliflora DESR

 モクレンの仲間はアジアと北アメリカに分布し、約80種が確認されています。このうち日本ではコブシ、ホウノキ等5種が自生しているそうです。

すべて中国原産で、国内に持ち込まれた時期は不明ですが、江戸初期 栽培されていたという記録が残っています。

「木れんげ、白れんげともにこぶしの類なり

木れんげは花色黒紫にてうるさし」

街でよく見かける赤紫の木蓮は、花びらの内側は白色で、コントラストの美しい花なのですが、どうやら嫌われていたようです。

私達は白を白蓮(びゃくれん) 赤をカラス木蓮と呼んで区別しています。個人的には好きな花木のひとつです。

 

花が大きく、枝ぶりも千差万別。特徴をうまく使えば野趣あふれる、あるいは造形的な力強いアレンジが楽しめますが、昔から見立てが難しいとされてきました。

彼らはすでに小さな花芽をつけて春の訪れを待っています。

気温が一気に上昇すると、まるで予知していたかのように 次々と花を開かせる その不思議に 毎年見惚れてしまいます。丸裸の素朴な木肌からは想像もつかない 大きな花。白も 赤も懸命に季節を彩っています。

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2006.06.12


 アガリクス茸、メシマコブといった これまで癌・または癌防止に効果があるとされていた自然食品の真偽が なぜか取り沙汰されている。西洋医学に見放された弱者の、すがる藁すら奪い取られた観がある。幸か不幸か我が愚妻は、どんな恐怖にさいなまれようと、この藁を まずいとか嫌いだとか言ってけっして口にしようとはしなかった。今思えば とうの昔に人類が失った、野生の勘が拒絶していたのかもしれない。

 つい先日、三ヶ月に一度の検診で医師に 執筆を勧められたという。タイトルは「癌が消えた!!」「腹膜播種からの生還」とでもするのか。

おなじ症例で、積極的治療 (初期段階で患部の完全切除の後、抗がん剤の投与、放射線治療) をして半年生存率は5%、一年生存率は3%、発見が遅れれば間違いなく半年で絶命するという 癌の中でも最も治療の難しい癌、腹膜播種。それがなんの治療もせず三年近くも生き続け、なおかつ癌細胞がすべて消えてなくなっている。まったくの健康体に戻っているらしい。 あと2年すれば再発の危険もなくなる。 ありえないと医師は断言した。どうやら余命半年の診断は撤回されたようだ。

念願の田舎暮らしをはじめ、映画も行かない旅行も行かない、おまけに仕事も始めた。近頃は ちっとも大事にしてくれないと細君はぼやいている。 でも、それでいい。もう奇跡などおきなくてもいい。

自分たちが見失い、忘れてしまっていた、穏やかで静かな時間がゆっくりと流れる空間。それを提供できるこのカフェに人が集い、喜んでもらえればそれでいいと思っている。

 

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June


◆◆◆◆◆花だより◆◆◆◆◆

ゆり  ユリ Lilium spp

 

北半球に96種が自生し、花材としてもっとも多く利用されるのは鉄砲ユリ、姫ユリ、スカシユリ、グロリオサ、オリエンタルリリー。特にオリエンタルリリーの普及はめざましく、カサブランカといえばだれもが知っている有名な花になりました。アジアの山百合をヨーロッパで品種改良を加えたのがその名の由来です。またの呼び名をハイブリットリリーとも言い、数種の交配によって造られた 混成、混血のユリを意味しています。

日本では 「歩く姿は百合の花・・・」に例えられるように、その強い芳香と、長い首筋をうつむかせた艶やかな妖しさを、美の象徴としていたのでしょうか。西洋でイメージされるのは、白い鉄砲百合。聖母マリアの純潔を意味するのだそうです。

 

6月は百合の花がもっとも輝きを増す季節です。山の斜面に、うっすらピンクをさした笹百合がしとやかに咲き、そぞろ夏の支度をはじめるのです。

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2006.10.08


 まさか自分が、自分の家族がそんなめにあうなんて思いもしなかった…。

悲惨な事故、重い病に遭遇した人々がテレビや人伝に語るのを耳にする。「事なき」は、ほんの些細なすれ違いで幸せが成り立っている事実を巧妙にカモフラージュしいる。そのときが来るまでは、誰も気付くはずはない。

 

どうやら日本は 癌大国になってしまったそうだ。しかも低年齢化が進んでいる。捨てざるを得ない夢や希望。女性ならば結婚出産…。癌は家族の平穏を乱し、人生を奪い取ってしまう。多くの人が悩み苦しみ絶望の淵をさ迷う。そこから立ち上がる人は少なかろう。

 セカンドオピニオン、抗癌治療、延命と免疫力。医師の方針と患者の希望。医療制度にも問題は多いと聞く。立ちはだかるハードルは数多く、そして高い。

 

 幸いなことに細君に与えられた選択肢は少なかった。医師は立場上、積極的治療を勧めたが、よくよく聞けば何を試みても延命は望めず、気休めに過ぎなかった。世界中を探せば頼れる医療はあったかもしれない。しかし、その時間も残されていない。出来るだけ長く生きられることをただ祈り、家族と楽しい思い出をつくるしか道はなかったと思う。 そうやって過ごすうち ふと 病気のことを忘れ、あれは夢だったのではないか とさえ思える時間があった。

 先月、医師から 検査の結果 「再発はありませんでした。」と告げられた。 「再発 ?」 前回とはニュアンスが違う。 蛍光盤いっぱいに吊るされた白黒の大きなネガを凝視する医師に「それは播種が終息、消滅したということですか」と尋ねると 「そうです」と答えた。

  いったいどこですれ違ったのだろうか。

ステージ4(末期)の癌が 本当に消えた !? 

 診察室を出て 私たちはたくさんの重病患者がいる待合室に空席をふたつみつけまぎれ込んだ。小さな声で「よかったね」の一言のあと ふたり押し黙ったままその喜びをかみしめた。

 

 今、我が家の庭は 種付けに成功した スナップ、忘れな草、ガザニア、ストロベリーフィールドなどが雑草のようにひょろひょろと伸び、たくましく咲いている。決して立派な花ではない。けれど これまでに目にした切花用園芸種とは比べようもないほど命を輝かせている。

ときにめんどうくさくて、不安で、あせりさえ感じる「平凡な明日」が、きっと来るというだけで嬉しい。 それはカモフラージュに気付いた者だけが知る歓び。 だからこそ

そのことを これからも ずっと忘れずに生きていこう。

あの芸人さんではないけれど、 生きてるだけで ぼろ儲けぢゃ !

 

 

 

2006.12.08


 ついさっき ホームズ(きじ猫)が死んだ。
まる二十年生きた。まるで長生きに背伸びをするように手足を精一杯伸ばしてそして 静かに息を引き取った。
子供たちや 私自身の成長とともに その傍らにいつもいたホームズ。
今日は通夜。 明日の告別式はひっそりとうちうちで。 安らかに眠れるように庭の片隅に埋葬しようと思う。
きっと幸せな一生を過ごしたに違いない。そう思いたい。

 

 

 

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2007.01.15


 ソウルメイトと言う言葉をご存知だろうか。

簡単に言うと『魂の伴侶』。輪廻転生(りんねてんせい)を前提とした概念で、過去世からの深い絆で結ばた人という意味だ。この世で同じ使命や目的を共有するらしい。それは必ずしも結婚という形をとるわけでもなく、また一人だけとも限らない。時には家族(親子、兄弟)として、時には友人として、時には師として、その人生で学ぶべき課題に応じて役目を替えて出逢うというのである。時代を越え国境を越えて時には男、時には女として。

ちぎれた魂を半分ずつ持ったツインソウル。出逢うべくして出逢うライトパーソンなどそのパターンはいくつかあるようだ。ただ すべてのソウルメイトに必ず出逢えるものでもない。せっかく出逢っても未来を共有できない悲しいケースもある。

 

今思えば あたくしの場合、どうも生家ではそういった確信が得られなかった。不自由があったわけではない。あり余る愛情も注いでもらった。しかし、いつもどこか不安で 何かが足りないと感じ、得体の知れない焦りを持っていた。生まれた意味をしきりに考えるようになったのもそのためだったのかもしれない。いそぐように家を飛び出し、闇雲に旅をして つねに意味もわからず何かを探し続けた。 その 何か とは『魂のルーツ』 『魂のよりどころ』だったのではなかろうか。

結婚して子供が生まれ 成長し荒波をいくつも のまれながれも乗り越えて 寄り道もした。時間もかかったし迷いもした。

けれど 今

 「おれはここから始まったんだ やっと帰ってこれた」 と 

心からそう思える。 はっきりした しるし があるわけではない。ただありのままに のびのびと自分が自分らしくいられる心地よさをひしひしと感じ、根拠もないのにゆるぎない安心を心の奥底にもっている。

この先 まだ見ぬ家族があと何人か増えていくだろう。それぞれがそれぞれの魂の強い絆をもったソウルメイトとして。

 

周りをみてほしい。あなたが今いる場所は あなたがいるべき場所だろうか。 そこははたして 安住の地 といえるだろうか。

もし その答えに躊躇し はじめて会ったのに懐かしさや親しみを感じ 心安らぐ人がいたら その人こそ あなたの抱えるすべてを包みこんでくれる 本当の故郷なのかもしれない。

 

 

 


はい おわり。

 

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